十六夜吉田町スタジオ連続公演
マームとジプシー
「てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて。」
- 公演日時:2013年4月16日〜19日、21日〜24日、26日〜5月1日
- 会場:十六夜吉田町スタジオ
- 料金:2,500円
木ノ下歌舞伎「黒塚」
- 公演日時:2013年5月24日〜6月2日
- 会場:十六夜吉田町スタジオ
- 料金:2,500円
吉田町の古いビルの2フロアをぶち抜いた小さな空間が、十六夜吉田町スタジオでした。(現在は http://yoshidamachi-lily.yokohama/)急な坂スタジオから坂道を下って15分程のところにあるこの場所は真ん中には柱があり、秘密基地のような趣でした。この企画は、2つの思惑がタイミング良く重なって実現しました。
思惑その①:毎週・毎月、横浜に通ってもらうための企画を実施してみよう!
マームの作品は週ごとに出演者が一人増え、作品そのものが進化・深化していく、という仕組みでした。カレンダーをデザインに用いたチラシであったり、両演目を観ることが出来る通し券を用意することで、お芝居を見る為に日常的に横浜に通ってもらう機会になることをイメージしました。
思惑その②:マームとジプシー、木ノ下歌舞伎の2団体に、創作現場=発表現場という体験をして欲しい!
それぞれ約4週間の小屋入り期間の中で、創作・発表してもらいました。劇場が決まっていて、そこに作品を持ち込み、本番までにチューニングする作業ではなく、劇場で作品を生み出し、そこに観客がやってくる、という体験をこの2組に取り組んで欲しい、と考えていました。自分たちのアトリエを持っていれば、そうした作業は可能になりますが、アトリエを運営・経営するという、別の必要性も出てきます。ここでは、純粋に創作活動に没頭してもらいたいと、考えていました。
俳優にとっては、稽古場がそのまま劇場になるということは、やりづらかった部分もあると思います。でも、それぞれのカンパニーにとって、意味のある公演だったのではないでしょうか?「てんとてん〜」も「黒塚」も、ここでしか生まれ得ない作品であったと同時に、日本中・世界中で再演を重ねています。
「劇場生まれ・劇場育ち」のこの2作品は急な坂スタジオにとっても、大切な作品となっています。
木ノ下歌舞伎『黒塚』
撮影|鈴木竜一朗
急な坂スタジオ×マームとジプシー「歩行と移動」
これまでの急な坂プロデュースの中で、少し毛色の変わった作品です。演劇作品をアーカイヴ(保存・記録)するためには、どんな可能性があるだろうか、と考えた企画でもあります。(具体的な取り組み・内容は、急な坂のサイトで詳細を確認していただければ幸いです。)
この企画の要は特製フォトブックにあります。横浜トリエンナーレの連携企画ということもあり、美術におけるカタログを作品に出来ないか、と考えました。結果、とても欲張りなものが出来ました。
フォトブックの中身
- 藤田貴大のテキスト全編
- 展示した映像作品から切り出した写真
- 横浜のロケ地(坂・駅・港・寺・川)に該当する、中国・韓国の風景写真(東アジア文化都市の企画として実施したため)
- テキストの中国語訳・韓国語訳・英語訳
- 撮影風景のオフショット
藤田さんのテキストを楽しむも、マームの俳優陣の写真を楽しむも、横浜観光案内に使うも、使い方はあなた次第!なんと1冊1,000円にて、急な坂スタジオで販売中!(本当です。ご希望の方は、お問い合わせください。)
もちろん、このフォトブックだけでは演劇作品とはいえないでしょう。でも、本として楽しめるものに仕上がっているのも事実です。10年後、「マームとジプシーってこういうフォトブックを使った作品もあるらしいよ。」と、どこかで誰かが、本をひろげていることを願っています。
戯曲だけ、舞台写真だけ、ではない作品の残し方は今後も発表施設ではないからこそ、取り組んでいくべき大きな課題だと考えています。また、演劇作品に触れ合う機会をどうやって拡げていくのかということも、10年間常に考え続けてきました。「歩行と移動」をきっかけに、映像や写真に関心のある方がマームとジプシーの存在を知ることにつながりました。また、近隣の小中学生たちは自分たちが普段過ごしている場所が作品の中に出てくることに、強い興味を覚えてくれました。
今後も、ひとりでも多くの人がほんのかけらでも、作品と出逢うきっかけを創り続けていきたいと考えています。その一歩を、マームの皆さんと踏み出せたことは、急な坂にとって大きな財産です。
『歩行と移動』フォトブック
Layer/Angle/Composition
最後に、もうひとつだけ紹介したいと思います。酒井幸菜さんと藤田貴大さんによる「Layer/Angle/Composition」です。本作は2017年2月、TPAMの加藤弓奈ディレクションで上演してもらいました。元々は稽古場で生まれた、振付家と作家・演出家のチェスのような取り組みでした。吉田聡子さんという俳優を媒介にして、酒井・藤田が一手ずつ、振りを付けたり、テキストを与えたり、普段の創作活動のかけらを詰め込んだ不思議な時間でした。
本作は、下記の通り構成されています。
- 基本ルール:
音、光、椅子の3つのコンセプトからイメージされる振付・テキストからスタートする。 - フェーズ1:
酒井から振付を、藤田からテキストを、3つのコンセプトそれぞれを吉田に。 - フェーズ2:
酒井の振付で生まれた素材へ藤田がテキストを、藤田のテキストで生まれた素材へ酒井が振付を。 - フェーズ3:
フェーズ1、2で生まれた断片に酒井・藤田がそれぞれ Layer/Angle/Composition の観点を加えシーンにする。
この企画は、藤田さんが「同い年の酒井さんと稽古場で一緒に何か試してみたい」というところから始まりました。急な坂を使っているアーティスト同士が自発的に一緒に作業をしてみる、という本当に嬉しい申し出でした。2014年の11月の2週間、酒井さんと藤田さんがスタジオでコツコツ積み重ねた作業は、彼らが普段作品を創作する上で、大切にしていることや美しいと感じることを、丁寧に並べていくことでした。最終日にはスタジオの中で小さな発表を行いました。たくさんの小道具に囲まれて、何種類もの振りとテキストを覚えた吉田さんがクルクルと移動していく様子は今でも忘れることが出来ません。
あのとき「いつかちゃんと公演に出来るといいね。」と話したことを覚えています。「オシャレな家具屋さんとか、いいかもね。」と劇場ではない空間をイメージしたはずです。あれから3年、ぐっと洗練された形での上演になりました。酒井っぽさ、藤田っぽさが、良い意味で抑えられた、なんだか大人の作品になっていました。
作品を創っていく上で、稽古場でしか観ることが出来ないものもあります。いくつものピースが稽古場で生まれ、並べられ、取捨選択されて…最終的に作品として上演される時には、なくなってしまっているピースがたくさんあります。今回、「Layer/Angle/Composition」で目指したことは、稽古場で生まれたピースが作品になるまでの時間を観客と共有してみたい、ということでした。稽古場公開やワークインプログレスとはまた違う形で、稽古場で起きていること・流れている時間を観客の皆さんと一緒に感じることが出来るか否か?この取り組みはまた期間をおいて、試してみたいと思っています。
Layer/Angle/Composition
撮影|前澤秀登
「発表施設ではないから」と、外に出ていくことに積極的に取り組んできましたが、それは同時に「稽古場だからこそ出来ること」にこだわり続けた10年間だったのかもしれません。